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イーグル・アイ

「イーグル・アイ」とは映画の題名です(そんなこと分かってるよ、って? すみません)。映画については、ほとんど分からない私で、ブログに書き込むのも、初めてだと思います。

これは、スピルバーグが10年前から構想していた題材を元に、映画化されたものです。

そのメッセージは、マザーコンピュータが人間社会を管理する社会の恐怖であり、しかもそのコンピュターが暴走を始めたとき、誰もそれを止められない恐怖です(もちろん、暴走をとめようとした人間を殺そうと、攻撃してきます)。

私がマザーコンピュータ管理社会について、ブログに書いたときには、この手のことは、まだ遠い将来のことと考えていました。しかし、この映画では、そんなのんびりした話ではなく、限界はあるものの、今すぐにでも起こりうることとして、描かれている点がショックでした。

マザーコンピュータが、個人のクレジットカード、街の防犯カメラの映像、個人の電話や電子メールの記録、その他の個人情報を統一的に把握し、ある個人を特定し、その人間を脅して自由に操ることにより、マザーコンピュータ自身の持つプログラミング化された使命を完遂させよう、というストーリーです。どういう使命かって? それはネタバレですから、やめておきます。

いずれにしろコンピュータをはじめとする技術革新は驚異的であり、危険性があっても、人間はその便利さや手作業での管理が不能ゆえに、それらの使用をやめられない、という意味の恐怖もあります。

核の脅威や食糧・資源の不足以外に、このようなコンピュータ管理社会の進展も、人類滅亡の引き金になりうるだろうと推測されます。

いくらなんでも、それは、話が飛躍しすぎるだろう、と馬鹿らしくお思いの方も沢山いらっしゃいますよね? でも、私はいたって真面目に話している積りです。

私の中には、二つほどの感じ方があります。一つは、人間はこの地球に蔓延りすぎた、二つ目は、あらゆるものは、栄枯盛衰の歴史を経るが、それは、基本的には、外的要因ではなく内的要因により決定される、人間で言えば、ここまで人間を蔓延らせてきた人間の性質そのものが、ある時点から、人間を滅ぼす方向に作用するだろう、ということです。

くだくだ述べることはしませんが、人間が核を持ちたがる、人間の数がどんどん増えている、コンピュータや携帯電話、防犯カメラの使用をとめられない、などのことは、皆さん、簡単に同意できるでしょう?

なぜなら、これらは、人間の本能やそこから導き出される基本的性質から生み出されているから、やめられないのです。

唯一の頼りは、人間の知性ですが、知性も元来が力を誇示する性質を持ったものですし、欲望に引きずられて権力に擦り寄る度合いが大きいし、あるいは、知性が生み出した「このようにすべき」的精神論が、現実の適用場面になると、ついつい欲望に負けて実行されにくい、などの問題点もあります。要するに、知性も強力な助っ人というわけではなさそうです。

とはいえ、滅亡への運命(?)を指を咥えて見ておれ、何をやっても無駄だよ、とニヒリズム的に言っているわけではありません。各人は、自分の信ずるところに従って精一杯行動すれば良いと思います。

頼りなくても、人間の唯一の武器は知性なので、それで戦うしかないのですが、ただそれを過信しては駄目で、やはり、人間自身の性質をよく知り、継続できる方法を考え抜いて、行動していくことが大事ではないのか? と申し上げています。

「イーグル・アイ」は、単純にアクションものとしても面白かったですよー(急に、何の話?)。

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